小説4「入れ代わり、立ち代わり。」
ひとまず部屋に入ったはいいが寝れるはずがない。
ずっと忘れようと願って、やっと思い出さなくなっていたのに。
目をゆっくり閉じた。
落ち着こうと思ったけれど、あの時の光景が映って、消える。それから再び光景が映る。
どうにもできなかった。
ただただ、涙が流れるばかりだ。
どうしようもできないこの事実を前に私は争うことができない。
話したいことが募るけれど、どうせ伝わらないのだ。こんな経験、誰もしたことがないのだから。
溢れては流れる涙を皐はなすがままにすることしかできない。
遠くから笑い声が聞こえる、きっと二人なはずだ。幸せそうなその声はいつまで続くのだろうか。
小説3「入れ代わり、立ち代わり。」
「なるほどね」
ひとまずそう会話をつないでおく。
ただここで、大きな混乱が生じている。
藤村?
何度も頭の中でこだまする。頭の中であっちに行ったりこっちに来たりして、頭の壁に当たるたびに『藤村』と言う文字が増えていく。
日畑くん...。
あの雰囲気といい、声といい、日畑くんに違いないはずなのだが、目の前にいるのは藤村くんらしい。けれども、市椛はそうちゃんと呼んでいた。日畑くんの名前は確かに颯太(そうた)。ここで名前を確認したいが、このタイミングできくのはあまりにも不自然。
もしかしたら目の前の人は日畑くんではないのかもしれない。11年の月日が経てば人は変わるのかもしれない。それに、世界中にはたくさんの人がいる。そしたらそっくりさんもいるはずだ。そうしたら、そうしたら...。
どんどん主観的になっていく。私の願望が私を取り囲む。
もしかしたら家庭の事情なのかもしれない。それで苗字が変わったとしたら?十分ありうる。小学校を卒業して以来の日畑くんの消息を私は知らない。私の通っていた中学校に日畑くんはいなかった。もし中学校に上がると同時に家庭の事情で引っ越して、その引越し先が市椛と同じ中学校の地区だったら?そうしたらつじつまが合う。最初に目があった時、彼は驚いた。そして、その動揺はおさまらなかった。きっと彼は私を知っている。
目の前にいる人が日畑くんでないなんて考えると、楽になる。はじめましても嘘にならないし、過去も気にしなくてよくなる。ただ、私は日畑くんだと感じた。これはどうすべきなのか。目の前の人が誰かわからず、伺えず。闇夜に彷徨う私は思考の停止を決意する。これ以上考えたところで答えはでない。時の流れに任せよう。
ただ、今この状態で思考を停止してしまうと不自然だ。まずは、ひとりになる状況を作らなければならない。何か良い策はあるのか。
ある。
「あ、昼寝をしてくるね。明日から1週間始まるから、今日は体に優しい日にしたい。」
そう言って、満面の笑みを浮かべる。幸せそうに。
小説2「入れ代わり、立ち代わり。」
日畑くんは驚いた顔をしている。
体じゅうから驚きの感情が溢れでているわけではなくて、力が抜けてしまったような、魂が抜けてしまったような感じ。目を少し見開いて、口が少し開いている。
私ももちろん驚いた。
こんな偶然が起きたことに。
もう会うことのない人だと思っていた。それなのに何故かここに、今目の前に日畑くんがいる。
どうして。
けれども、私は感じた。
その理由はわからないが、ここで私たちの過去を明かしてはいけないと直感した。
そうしてすぐに我に返ったのである。幸いにも、私には動揺したときでも冷静になれる機能が備わっているので、万事休した。
しかし、日畑くんは明らかに動揺をしている。私が『はじめまして』と言ってしまったことで動揺が加速したような気もする。これまでは考えに至らなかった、反省。
ただ、考えていれば時間は過ぎていく。不自然な会話の間は慎まなければならない。市椛(いちか)に私たちの過去を気づかれてしまう。そうなってしまうと、ややこしい。話を続けなくては。
「市椛と一緒にここに住んでます。一緒に住んで、半年と少し?」
話を市椛にふってみる。あくまで冷静に、落ち着いて。
「そうね、もうそんなたつんね。」
これで成功か?市椛は天井を見ながらなにやら思い出している。日畑くんは相変わらずきょとんとしたままなのだが、もう私にはフォローしきれないので、自分で回復することを待つことにする。
「そうそう、ここきたばかりの時、今日は何作ろうなんて30分くらい悩んでレシピ調べてた。だけどもうこれね。」
そう言って市椛はコンビニ袋を掲げる。
昔のことを思い出していたのね。ほっと胸をなでおろす。そして、笑いながら会話を続ける。
「私も今日は即席ラーメン。」
市椛も日畑くんも笑う。
私も笑って、いつもの自分に戻していく。そうして何気ない会話が続く。
今日乗った電車にいた変わった人の話。
コンビニで新作のスイーツが売られていて、つい買ってしまった話。
市椛がよく食べるという話。
偶然入った店がとても良かった話。
そんな話をしながら、二人も昼ご飯を食べ終わったところで、市椛が言う。
「偶然といえば、そうちゃんとは中学校の時の同級生なんだけど、こないだ偶然会ったんよ。」
私も今日、日畑くんと偶然再会した。
ところで、日畑くんと市椛は同級生なんだ。それも偶然。なにかが自分の見えないところで繋がっているような気がして、少しゾッとした。私の見えない世界はたくさんある。今、見えない世界がここにあることを知ったけれども、もっと見えない世界は広い。その世界で今みたいに、私の知らないところでいろいろな人がつながっている気がする。なんだか自分には把握できない感じが気持ち悪いような、怖いような気がした。
「そうなんだ。こっちで会ったの?」
「そうじゃなくて、地元で。」
「地元の図書館で偶然会ったんです。」
日畑くんもだいぶ落ち着いたようだ。ただ、まだ完全ではないようで、目を少し泳がせている。
「へぇー、中学校のクラスメイトって覚えてるもんなの?」
「それが、そうちゃん苗字が藤村(ふじむら)で、私は萩山(はぎやま)でしょ?それで近かったから。中学校って苗字で近いと技術だとか、美術だとかで結構喋るじゃん。」
小説1
突然ですが、なんだか小説が書きたくなってしまったヌカボシです
不定期に(と言いつつも1週間に1度はちゃんと)続きを書いていこうと思います
まだ先が決まってないので、
ちょっとどうなるかわかりませんが
(衝動的ですが)書いてみますね
ああ、タイトルまだ決まってないので決まり次第書きますね
今は一応無題ということで。
「ああ、しまった。煮すぎた。」
ボコボコと沸騰する音が苛立ちを加速させる。せっかく半熟卵を作ろうと思ったのにこれではゆで卵だ。
6分30秒。
それはわかっている。わかっているのに何か他ごとをやっていると時間が過ぎている。今日もそう。本を読んでいたら時間が過ぎていた。
時間を測ればいい。それもわかっている。わかっているのに、数分してから時間を測り忘れていたことに気づく。
もうなんとも言い難い感情に見舞われながらゆで卵をまな板にのせて半分に切る。そして再びショックを受けながら、そのカスカスになった卵を即席ラーメンにのせる。
ああ、今週は散々だ。
月曜日から自転車のサドルに鳥の糞。慌てて家からウエットティッシュを探して拭いて、家に戻ってゴミを捨て忘れていたことに気づいて、急いでゴミを捨てに行く。
そんな風に始まった今週だから、気分も上がるわけがなく、今日は週末日曜日。 来週はきっと幸せな週であることを願いつつ、まったりとこの休みを過ごしている。
そうして再び目に入ったゆで卵を眺めて、小さなため息が漏れる。それでもお腹は空くのでラーメンの汁をゆで卵に染み込ませて、麺をすする。汁が染みて、思ったよりパサパサではなかったゆで卵を食べて案外悪くないなと思う。それから、ごちそうさまをする。
昼寝でもするか。
まあその前に食器を片付けようと立つと、いつもの声がきこえた。
「ただいま。」
「あら、おかえり。」
出かけていた市椛(いちか)が帰って来た。
「今日はちょっと荷物付き。」
「荷物って、名前で呼べよ。」
市椛の後ろにいる人は笑いながら突っ込む。
少し怒っているのだろうが、全然怒っているように感じさせないそのおっとりとした雰囲気。その雰囲気が行動、言動に滲み出てしまう。周りにいる人はもうなんというか、なぜか世の中のしがらみを忘れて幸せを感じる。
そんな彼の声を久しぶりにきいた。
「ごめんね、突然。この人はじめましてだよね、紹介するね。えっと、お荷物のそうちゃんね。」
やっぱり、日畑(ひばた)くん。目が合い気づく。きっと日畑くんも気づいている。
ここで2つの選択肢が用意された。
市椛に『あのね、知り合いなの』と言って日畑くんに『久しぶり』と言うか、『はじめまして、皐(さつき)です』と言うか。
正直に生きるなら明らかに前者を選ぶべきだが、今の二人の関係を見るとこの親しい感じを私が壊したくないとも思う。きっと久しぶりといえば、過去のことを話す必要が出てきて複雑になる。
私は今のこの穏やかな生活のままゆったりと人生を過ごしたい。今週のような多少の不運があろうとも、それらを受け入れながらつつましく暮らしたい。今週を私の人生において散々な始まりの週にしたくない。
日畑くんは目を見開いて何か言おうとしているが、その驚きからきっと言葉が出てこない状態。市椛は何も気づいていない。
だって、それは一瞬の出来事なのだから。
「はじめまして、皐です。」